バブル崩壊後、素人の”やけくそ”の発想から生まれた「森のことば」
「森のことば」
飛騨産業株式会社 代表取締役社長 岡田賛三(おかだ さんぞう)
1943年、岐阜県高山市生まれ。1968年、立命館大学卒業。(株)富士屋代表取締役社長に就任。2000年、現職に就任。廃棄されていた木の節を使った「森のことば」シリーズや、国産杉を圧縮加工して使用した「HIDA」シリーズなど、ヒット作を次々と生み出す。国内外の有名デザイナーと協働で製作した家具も多数。生産体制の見直しや改革を手がけた結果、就任から14年で年間売上50億円を達成。著書に、『よみがえる飛騨の匠』(幻冬社)など
岡田賛三 バブル崩壊後の大変厳しい状況の中で、素人のやけくその発想と言いますか、無駄にされていた「木の節を主役にした家具」を作ろうということで「森のことば」シリーズを発表したところ、これが大当たりをいたしまして、起死回生のシリーズになりました。私共にとっては、たいへん記憶に残る製品となっております。ネーミングも「森のことば」という、なにかとても響きのいい言葉ですし、主役の「木の節」が全く不自然ではない形で収まっているということで、今でも当社のトップ商品となっております。
「木の節を無駄にしない」という思考から、次に私は「国産材の杉を使ってみたいなぁ」と、そんな思いを持つようになりました。「国産材の杉」を生かすために、なにか道はないかと色々検討し、勉強させていただく中で到達したのが、圧縮技術の開発です。
圧縮技術の可能性(飛騨産業HP)
杉の特徴はとても軽く、木目がまっすぐで美しい。質感にも温かみがあり、日本国内で安定供給が可能な素材です。ですが素材としては柔らかく、強度を必要とする家具用材としては短所でもありました。そんな杉の木を、圧縮することによって普通の効用ある木と同じくらい強度のある木にすることができるということがわかりました。そこに、私どもが得意とする曲げ木の技術を応用しながら、完成させて参りました。
その後、2003年には「飛騨杉研究開発共同組合」を発足し、生産体制を整えました。イタリアの工業デザイン協会の会長を務められるエンツォマーリ氏との出会いもありまして、彼にデザインをお引き受けいただき、2005年にミラノ・サローネにて世界に対し「HIDA」というシリーズを発表いたしました。
エンツォマーリ氏
その後、杉の圧縮技術をさらに発展させ「柾目圧縮」*5という技術を開発。川上元美さんという日本でも有名なデザイナーに「KISARAGI(如月)」というシリーズを手掛けていただき発表したところ、2014年にはグッドデザイン賞の中でも滅多に取れない金賞を受賞いたしました。
*5)柾目圧縮:杉を丁寧に加圧プレスすることで、強度を持ちはじめて柾目での使用が可能となった。「柾目」とは、板を製材したときに現われる年輪などの模様、木理のこと。板目、柾目、杢目に大別される
KISARAGI(如月)
そんな中で、私は『甦る飛騨の匠』という大それたタイトルの本を出版させていただきました。するとたまたまその本が、「カンブリア宮殿」の番組ディレクターの目に止まりまして、2017年11月30日に放映をしていただきました。
番組の中で村上龍さんが、私どもの椅子に腰をかけましたところなかなか立ち上がらないものですから、小池栄子さんが「どうしたんですか?」と聞くと、村上さんが「いやぁ、座り心地がいいというよりも、立ち上がりたくないんだよ」と仰いました。その言葉が私どもにとって、たいへん素晴らしいキャッチコピーになってくれました。以降「カンブリア宮殿」の効果から、「番組で紹介された座り心地のいい椅子だ」と、未だにお客様が来ていただいているという、たいへん有り難い結果を生みました。
「飛騨の匠」、職人の育て方
このあたりで今日のテーマである、我々は「職人をどう育てていくか」というお話を進めていきたいと思います。今から5年前に「飛騨職人学舎」という職人養成校を発足いたしました。
この学舎では、相撲部屋みたいに寝食をともにしながら、腕を鍛えて人間性を磨く。そこで生まれる職人たちの若い技術力を、間も無く創業100年を迎える飛騨産業の「次なる100年」を目指す足場としたい。そんな思いでスタート致しました。
しかし、これは私ども飛騨産業だけではなくて、「日本にそういった職人を送り出すような会社になっていきたい」と、そんな思いもございました。そのため学舎を卒業した人間は、飛騨産業にどうしても残らなければいけない訳ではなく「よそへ行ってもいいんだよ」と、私のちょっと甘い思いを伝えたところ、さっさと辞めて行く奴もおりまして「ちょっとこれは困ったなぁ」ということで、「できれば残って欲しい」と、この頃は言っております(笑)。
そもそも職人学舎のアイディアがどこから生まれたかと言いますと、神奈川県横浜市で「秋山木工」という木工会社を営む、すごい職人のオッサンがおりまして、彼は「日本で本当の、一流の職人を育てるのが私の使命だ」と言って「秋山学校」*6というのをつくっているんですね。
*6)秋山学校:「秋山木工」独自の職人養成のための研修制度。1年目は「学校」、2~5年目までが「丁稚」、6~8年目は「職人」と8年の制度
その話を聞いて、彼の講演を聴きに行きました。「面白いなぁ!」と思い、講演後に名刺交換をしたら、彼が「本当の職人は飛騨でつくるべきだろう。飛騨で職人学校をつくろうよ!」というようなことを言ってくれまして、私も乗りやすいタイプなので、「そうだなぁ!じゃあやろう!」とすぐにその気になりました。その後、秋山さんに高山へ来ていただき講演会を開き、話を進めてしまったというのが実情でございます。
2014年に早速第一期生を迎えました。女の子も男の子も丸坊主にして、決意を持って入学してくれました。午前中は工場で研修をいたします。そして午後からは各自研修に入るわけですけれども、毎日毎日、日曜日も祭日も何にもなくて休みはお盆と正月だけ。夜明けとともに起きてランニング、当番が朝飯を作り、そして会社で研修し、終わったら夜は夜で1日の記録を整え、そしてノミを解いだり、カンナを研いだりして寝るのは10時過ぎだという風に聞いております。若いのに本当によく頑張っているなぁと、私は彼らを尊敬の眼で見ております。
入学当時は全員丸坊主にしますし、携帯電話も恋愛も禁止。2年間は修行に一途に取り組むという、そんな若い子がこの時代におるかなと本当にびっくりしました。会社の近くに素晴らしい古い民家が空いておりまして、生徒たちはそこで共同生活をしております。一緒に食事を作り食べ、本当にここで育った彼らは一生涯の心の友達を得る、そんなチャンスにもなっております。
ご両親をはじめ、高山市長にも来ていただいて卒業式を行います。卒業式がまた感動的なんですね。卒業製作のテーマは、「あなたがこれまで一番お世話になった人のための家具」です。だいたい皆さんお母さんのために作るんですね。お父さんのためっていうのはなかったですね。
卒業制作の展示品
これまで掃除の一つもしたことがなかった我が子が、掃除もするし挨拶もするし、こんな素敵な家具を作ってくれたと言って、本当に感動して涙ぐまれる姿をみると、本当に私も「この学校をつくってよかったなぁ」という思いをしみじみと感じさせていただきます。
◆飛騨職人学舎概要
設立目的:伝統の心と技術を大切に受け継ぎ、世界中の人々に感動と喜びを伝えることを生きがいとする、技能と人間力を兼ね備えた一流の木工家具職人の養成、および次世代への文化継承に寄与することを目的とする。
理念:当学舎は卓越した技能者を育成するのはもとより、優れた人間性を育むことに教育目標の重点を置き、下記の理念に基づいて行動する。
1.感謝、思いやりの心
現在あるのは自分の親や周りの人たちのおかげであるということを認識し、常に感謝の心を持ちながら、技術の習得に励む。
2.状況判断
今の置かれている状況を的確に判断し、その場に応じた行動を取れるように、常に考える習慣を付ける。
3.段取り
無駄な労力や時間、材料を費やさないため、効率的に目的に辿り着ける方法や時間配分を考えて準備する。全ての仕事は段取りで決まることを念頭に作業し、物事を筋道立てて考えられるよう意識する
目標:2年間の共同生活を通じて、職人としての生活習慣や考え方を身につける。
職人学舎:2年間の共同生活を通じて、職人としての生活習慣や考え方を身に付ける。
・1年目 徹底した手加工技術の習得。
・2年目 機械加工での家具製作を通じて、木製家具の知識・技能を習得する。
・3,4年目 現場力を身に付ける。図面を見て製作でき、造作家具の現場取り付けができる。また、施主、設計士と製作における交渉ができる。また、自分の作業の合間を見て後輩の指導を行うことができる。
・5年目以降 技術はもちろん家具製作の工程・構造を理解できる。また、会社全体やそれぞれの活躍の場でリーダーとなれるように、皆を統率していける人材になることを目指す。
以上のような形で、プログラムをつくっております。では、学舎の諸君、登場してください。
学舎生徒の皆さんに登壇いただき、お一人ずつ自己紹介いただきました
こういった若い人たちが私どもの工場の中に毎朝入ってくれています。卒業生も工場の中で働いています。そうしますと先輩もいい加減な仕事はできない、同僚も彼らに負けたくない。各自に切磋琢磨し、工場の中がたいへん活性化されてきたことも、私たちにとってはありがたいことだと思っております。
青年技能者の技能レベルの日本一を競う技能競技大会
また、飛騨職人学舎の卒業生が、技能五輪全国大会に出まして数々の賞をとってくれております。こういう形で職人を育てながら、現在のビジネスをしっかりこなしながらやっていきたいと思っております。全力で頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。ありがとうございました。
◆『職人 心得 30箇条』
「おはようございます!」「ありがとうございます!」
大きな声で基本の挨拶をする練習から始まり、1日のスケジュールを確認し、そのあと全員で『職人心得30箇条』を唱和します。
1.挨拶のできた人から現場に行かせてもらえます。
気持ちのよい挨拶は、人を笑顔にします。積極的に挨拶をすることで、周りを活気づけることができます。
2.連絡・報告・相談のできる人から現場に行かせてもらえます。
情報を共有することで、周りも自分もスムーズに作業が進みます。また、周りの人に安心していただけます。
3.明るい人から現場に行かせてもらえます。
いつも明るくしていると、自然に周りも明るくなります。また、人が集まりお仕事がいただけます。
4.周りをイライラさせない人から現場に行かせてもらえます。
その場の空気を感じ取り、相手の目線で考え、素直に行動に移すことで、自分の人間性も高まります。
5.人の言う事を正確に聞ける人から現場に行かせてもらえます。
指示された内容を正確に理解し、素直に行動に移すことで、自分の人間性も高まります。
6.愛想よくできる人から現場に行かせてもらえます。
いつも愛想よくしていると、周りの方々に気持ちよくお仕事をしていただけます。
7.責任を持てる人から現場に行かせてもらえます。
責任を持って仕事をすると、緊張感が生まれ、集中して取り組むことができ、そして自分の技術力も上がります。
8.返事をきっちりできる人から現場に行かせてもらえます。
わかっているのかいないのか、はっきりと意思表示をすることで、仕事のミスをなくします。
9.思いやりのある人から現場に行かせてもらえます。
常に相手のことを自分のことのように考え、行動することが大切です。
10.おせっかいな人から現場に行かせてもらえます。
相手のためを思うなら、嫌がられても、言うべきことを言ってあげることも大事です。
11.しつこい人から現場に行かせてもらえます。
限界を決めず、技術も人間性もとことん追求していくことが大切です。
12.時間を気にできる人から現場に行かせてもらえます。
時間は止まってくれません。今できることを考え、一瞬一瞬を無駄にしないことが大切です。
13.道具の整備がいつもされてる人から現場に行かせてもらえます。
道具を整備していることで、すぐに仕事に取りかかることができます。また、道具は一生自分を助けてくれる相棒です。整備することで感謝の気持ちを表します。
14.掃除、片付けの上手な人から現場に行かせてもらえます。
掃除、片付けは仕事の最後の仕上げであり、 次の仕事の段取りにつながるので大切です。
15.今の自分の立場が明確な人から現場に行かせてもらえます。
今の自分の立場をわきまえ、何をすべきかを考えて、素早く行動することが大切です。
16.前向きに事を考えられる人から現場に行かせてもらえます。
これからどうなりたいのか考え、どんなことでも前向きに取り組むことで、必ず成長できます。
17.感謝のできる人から現場に行かせてもらえます。
周りの方に支えていただいていることに感謝し、行動することが大切です。
18.身だしなみのできている人から現場に行かせてもらえます。
身だしなみの乱れは心の乱れです。社会人のマナーとして、また、安全に作業するために大切です。
19.お手伝いのできる人から現場に行かせてもらえます。
周りの人が何を望んでいるのかを考え、行動することが大切です。
20.道具を上手に使える人から現場に行かせてもらえます。
道具を手足のように使えることで、感動していただけるものを作ることができます。
21.自己紹介のできる人から現場に行かせてもらえます。
自己を見つめ直し、自分の良いところを相手に知っていただき、日本人としての夢を語れることが大切です。
22.自慢のできる人から現場に行かせてもらえます。
お客さまのために、どのようなものをどんな工夫をして作ったのか、説明できることが大切です。
23.意見が言える人から現場に行かせてもらえます。
さまざまな考えを共有し、より良いものを作ろうとすることが大切です。
24.お手紙をこまめに出せる人から現場に行かせてもらえます。
感謝の心を自分の字で表すことで、より一層想いが伝わります。
25.トイレ掃除ができる人から現場に行かせてもらえます。
一番汚れる場所を磨くことで、自分の心も磨かれます。
26.電話を上手にかけられる人から現場に行かせてもらえます。
相手の顔が見えない分、簡潔にわかりやすく伝えることが大切です。
27.食べるのが早い人から現場に行かせてもらえます。
食べることにも段取りが必要です。農家の方や、食事を作ってくださった方に感謝をし、無駄なくおいしくいただくクセをつけることが、仕事にもつながります。
28.お金を大事に使える人から現場に行かせてもらえます。
お金の生まれる過程を正確に理解し、感謝して使うことが大切です。
29.そろばんのできる人から現場に行かせてもらえます。
計算を速くすることで、仕事と材料を効率的に使うことができ、お客さまに喜んでいただけるものが作れます。
30.レポートがわかりやすい人から現場に行かせてもらえます。
その日学んだことをわかりやすく書こうとすることで、もう一度身に付き、 日々を2倍速で学ぶことができます。
当日は、職人学舎の生徒さんによる『職人心得30箇条』の唱和で講演が締めくくられました。
→次回、【第2回レポート】パネルディスカッション① 「工芸と工業の次」1 /6 |哲学者・鞍田崇編 へ続きます(7月上旬公開予定)
写真提供:飛騨産業株式会社
テキスト編集:中條 美咲